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【建築士と考えるナガノの家 Vol.9】池森 梢さん × 藤松幹雄さん

公開日:2026/06/30

設計だけでなく家づくりの基本から相談できるのが建築士。「設計事務所はハードルが高い…」と感じている方に贈る、リレー形式の対談企画です。

第9回目の今回は、前回聞き手役をお願いした萌建築設計工房(長野市)の池森梢さんを話し手役にお呼びし、聞き手役を、藤松建築設計室(松本市)の藤松幹雄さんにお願いしました。

 

対談者紹介

池森 梢さん |萌建築設計工房

長野県須坂市生まれ。大学卒業後に宮本忠長建築設計事務所に入社。1999年に萌建築設計工房を設立。住宅設計を主としながら、重要伝統的建造物群保存地区の特定物件の修理工事なども手がける。

 

藤松 幹雄さん |藤松建築設計室

松本市生まれ。専門学校卒業後、宮澤秀治建築空間研究所に入社。倉橋英太郎建築設計事務所を経て、1990年に藤松建築設計室を設立。2026年度より日本建築家協会(JIA)の長野県クラブ代表を務める。

 

WEBでは本誌に掲載できなかったトーク部分も含めたノーカット編集版をお届けします。

 

Q1. 家づくりにおける「設計事務所」の役割は?

 

― 施主・設計者・施工者。三者が「正三角形」でいることが、いい建築を生む

 

藤松:私たち設計事務所は、ハウスメーカーや工務店とは異なる立ち位置にあります。同業者として、池森さんが考える「設計事務所だからこそ果たせる役割」とはどんなものでしょうか。

池森:施主から「こんな家を建てたい」という要望を聞いた後、私は必ずプランを複数作ります。まずご要望通りの案を一つ。そこにプラスして、「ここの敷地ならこういう暮らし方も豊かじゃないですか」という提案。二つを出して、形にして見せる。図面上で試行錯誤しているから、施主が複数の案から「この案が自分たちに合っている」と実感できる。そこが大事だと思っています。それから、敷地をよく読むということも意識しています。できたプランをただポンと置くのではなく、この土地だからこそ生まれる形がある。街中の敷地で、将来、周りに建物が建ったら一階リビングは真っ暗になると読んで、最初から二階リビングを提案したこともありました。未来を見据えた提案ができるのも、設計事務所の利点だと思っています。

藤松:施主の「夢を語る場」に寄り添いながら、プロの視点で形にしていく。そういう関係性ですよね。設計と施工を切り離して進めることの安心感についても聞かせてください。

池森:施主には、まずは“こう暮らしたい”という夢を語っていただく。それを設計者としてどう形にしていくかが設計士の役割だと思っています。ただ、言われた通りのプランをそのまま描くだけではなく、敷地の条件や将来の変化も踏まえて提案することが大切なんです。たとえば街中の敷地で、将来的に周囲に建物が建つ可能性が高い場所なら、最初から二階リビングを提案したこともあります。収納や動線も同じで、日常の暮らしに直結する部分だからこそ丁寧に考えます。実際にご自宅を見せてもらうと“物が多い家は、それに見合う収納が必要だな”とわかる。だから私が設計すると、結果的に収納が多くなることが多いんです。そういう提案ができるのも、設計者が施工会社から独立しているからこそだと思っています。施主の側に立って考えられる、それが設計事務所の安心感につながっているんだと思いますね。

藤松:池森さんに設計を依頼する方たちは、やはり“独立した設計者”としての安心感を求めて来られるんだと思います。作風に惹かれて相談に来る方ももちろんいますが、それだけではなく、建築会社や工務店とは違う立場から、施主の代わりにしっかりと全体を監理してくれるだろうという信頼がある。家づくりは大きなお金を預けるわけですから、その第三者的な視点を持つ独立した設計事務所の存在は、とても大きな安心材料になるんですよね。

池森:建築をつくるうえで一番いい形は、施主、設計者、施工者の三者が、それぞれの役割をきちんと担う“正三角形”の形になっていることだと思うんです。施主は要望を伝え、費用を出す人。設計者はその思いを形にする人。そして施工者は実際につくり上げる人。この三角形のどこかが偏ってしまうと、やっぱり良い建築にはならない。それぞれが自分の力を発揮し合える関係性こそ、いちばん良い建築を生むと信じています。

藤松:施主、設計者、施工者がそれぞれの役割を果たす正三角形、というのはとてもわかりやすい。その関係性があってはじめて、お金では測れない価値も生まれてくるんだと思うんです。その“空間をつくる人の考え方”という部分について、池森さんはどのように考えていますか?

池森:やはり相性が重要だと思います。設計者といっても本当にいろいろなスタイルの方がいるので、最初はやっぱり、その人の作ってきた建物や作風を見て、“何か感じるものがあるか”“共感できるか”というところが大事だと思うんです。作風に共感できることが一番の前提で、そのうえで相性ですよね。この人になら任せられそうかどうか、という感覚で選んでもらえたらいいのかなと。設計の進め方についても、最初にきちんと説明するようにしています。たとえば、デザインに関しても、「これがベストです」と一案しか出さない設計者もいます。それはそれで、“プロなんだから一番いい案を一つ出すべきだ”という考え方なんですよね。一方で、私はそれがあまりできないタイプで、むしろいくつかの案を出しながら、施主の理想の住まいを形にするやり方をしています。どうしても時間はかかりますが、その分、一緒につくっていく感覚に近づけるのかなと思っています。

藤松:そうだね、時間だけはどうしてもかかるよね。

池森:でもそこが一番楽しい部分でもありますよね。住宅で一番大事なのは、やっぱり“基本設計”なんです。建築のプロセスって、基本設計・実施設計・工事と進んでいきますけど、この最初の段階で描く、縮尺1/100の小さな図面が、住宅の良し悪しの八割を決めると思っています。 だからこそ、ここにしっかり時間をかける。何度も図面上で試行錯誤していると、ある瞬間に“あ、これだね”っていう形がストンと落ちるんです。もちろん百パーセント完璧というのは難しいけれど、納得できるところまで詰めていく。その積み重ねでプランを決めて、次の段階へ進めていく、そんなやり方をしています。

 

Q2. 物価高時代における家づくりはどう進めればいい?

 

―「性能の数字」より「暮らす人」を中心に置く家づくり

 

藤松:建設費や物価の高騰が続く中、予算のコントロールは私たち設計者にとっても悩ましい課題です。池森さんはどんなアプローチをされていますか。

池森:一番大事なのは“どんな暮らしを大切にしたいか”というところ。そこがやはり、一番大事ではと思っています。それを前提にして、まず面積を抑えることが第一です。ただ削るだけでは暮らしが窮屈になるので、「どこを大事にするか」を施主と一緒にしっかり整理する。そこを確保しながら、他の部分で調整していく。その時に絶対外せないのが動線と収納です。必要な場所に充分な収納があることにより、暮らしが整います。

藤松:最大限、施主の要望に応えようとして仕様を組んでいくと思うんですが、最終の詰めの段階では、どこを“削りどころ”として考えているんでしょうか?

池森:仕上げで調整することもあります。塗り壁をクロスに変えるとか。あとは床の塗装など、施主自身でできる作業をお願いすることも。一度やり方を覚えてもらえれば、その後のメンテナンスも自分でできるようになる。費用を抑えながら、家への愛着も深まるので一石二鳥です。

藤松:建物の機能上、削ってはいけない「基本性能」についてはどうお考えですか?

池森:性能だけを上げようと思えば、窓を小さくすれば数値はどんどん良くなるんです。でも、それでは“管理された空気の箱”の中で暮らすような家になってしまう。家というのは、風が通って、光が入って、そこに住む人が健康でいられる場所であるべきだと思っています。

藤松:性能ありきで家づくりを語る風潮って、今すごく強いですよね。広告でも“うちは基準性能がXです”“次世代基準を満たしています”と、数字ばかりが前面に出てくる。でも数字だけを追いかけると、池森さんが言ったように、窓を小さくして、予算がなければ建物をコンパクトにって…結局“箱をつくっているだけ”みたいな家が増えているのが現状ですよね。

池森:数字だけを追いかけて“性能がいい家”と言い切ってしまう今の流れには、少し違和感があるんですよね。人ではなく数字を見ているように感じてしまって。もちろん構造や断熱など、削ってはいけない基本性能はしっかり担保します。そのうえで、暮らす人を中心に置いて考えることが大切だと思っています。

 

 

Q3. 最近、特に力を入れている建築の仕事は?

 

― 地域が積み重ねてきた暮らしの文化や歴史を次の世代に渡していく

 

藤松:日頃から多くの住宅設計を手がけられている池森さんですが、最近特に力を入れている取り組みや、新しい挑戦はありますか?

池森:ここ数年は、重要伝統的建造物群保存地区にある建物の修理工事や、保存・活用に関わる仕事が増えてきました。戸隠の古民家をイタリアンレストランとゲストハウスにリノベーションする仕事にも携わっています。

藤松:新築を手掛けるのとは考え方が違いますか?

池森:だいぶ違いますね。古い建物を残すというのは、単に“形を保存する”ことではなくて、その地域が積み重ねてきた暮らしの文化や歴史を次の世代に渡していくことだと思うんです。ただ、そこに実際に暮らす人がいる以上、耐震性能や安全性、断熱や暖房といった快適性もきちんと考えなければいけない。その両方をどうバランスさせるかが、いつも難しいところなんですよね。それでも“使いながら残す”という姿勢はとても大事で、今取り組んでいる地区でも、古い建物を生かしてレストランにする計画を進めています。建物がさらに新しい価値を生み、地域経済に貢献していくことも、とても大事なことだと思っています。

藤松:保存以外に住宅のリフォームなども手掛けているんですか?

池森:はい、なぜ残すのかという理由はケースバイケースで、コスト面のこともあれば、親が住んでいた家への愛着が理由のこともある。どんな理由であれ、耐震性や断熱性といった基本性能が確保できないなら、やめた方がいいと判断することもあります。

藤松:リフォームの場合って、動線を大きく変えることもありますけど、どうしても既存の骨格が決まっていますよね。その限られた条件の中で、池森さんが一番“力を入れている部分”って、どのあたりなんですか?

池森:住宅のリフォームも”プラン”に一番力を入れています。“なぜ残すのか”という理由は、本当にケースバイケースなんですよね。新築した方が安い場合もありますし、予算の都合でリフォームを選ぶこともある。でも一方で、親が住んでいた家を残したいとか、その建物に対する思い出や愛着が理由になることも多いんです。ただ、せっかくリフォームして新しくしても、耐震性や断熱性といった基本性能が確保できないのであれば、やめた方がいいという判断になることもあります。辛い暮らしを続けるために工事をするわけではないですからね。そのあたりの性能はしっかり押さえるようにしています。予算が足りなければ段階的に進めるなど、段階的に進めたりと、臨機応変に対応することもあります。

 

Q4. 今、人生のなかでの設計とは?

 

― 建築を通して残していくのは、暮らしと歴史と、人の記憶

 

藤松:キャリアを重ねた今、ご自身の人生において「設計」という仕事をどう位置づけていますか。

池森:経験を重ねるほどに、勉強不足を感じる場面が増えてきました。だから今あらためて大学院で学び直しています。実務の中で経験的に判断してきたことを、研究や学びを通して言葉にし、背景から捉え直したいと思っているんです。知識を深めることで、これまでより大きな視点で建築や地域を見ることができるし、社会に還元できることの幅も広がるはずだと感じています。何より今、建築を学ぶことそのものが純粋に楽しいんですよね。

藤松:大学院での学び直しや地域材の利用が、地域社会への還元とどうつながっているか、同じ建築士としてとても興味があります。

池森:仕事をしながら社会に貢献できるのが一番だと思っていて。家を建てるという行為は、ある種の「破壊」も含む行為です。だからこそ、地産地消の視点で近くの山の木を使い、地域の環境を守り、産業を残すことにつながると思っているので意識的に取り入れるようにしています。あと正直、現場で使われている木材の多くが外国産だということにとてもびっくりしたんです。こんなに周りに山があって、木があるのに、どうして使われていないんだろうって。そこへの素朴な疑問が出発点でした。近くにあるものを使うのが一番エネルギーを使わないし、自然なことだと思ったんですよね。

藤松:今のお話を伺っていて思ったんですが、建築の設計っていう分野だけじゃなくて、歴史のことだったり、山を活性化していくような地域の取り組みだったり、そういう周辺の専門性を深めていくことも、設計者の役割として大事なんだなと感じました。

池森:自分の役割として何ができるのかを、改めて考えたいと思っているんです。これまでは“地域材を使うこと”が社会への貢献だと考えてきましたが、フリーで建物に関わるようになって、少し視野が変わってきました。これからは、地域材だけでなく、そこに積み重なってきた暮らしや歴史、人の記憶のようなものを、建築を通して残していくことにも関わっていきたいと思っています。

 

 

Q5. これから家づくりを考える方へ、伝えたいことは?

 

情報や価格に流されず、本当に必要なものを見極める。それが家づくりの出発点

 

藤松:これから長野で家づくりをはじめようと考えている方に向けてアドバイスなどありますか?

池森:家づくりは、建物を手に入れることだけではなく、自分たちの理想の暮らしを考えるとてもいい機会だと思います。新築にこだわらず、既存住宅のリフォームによる住み継ぎも含めて検討すると、選択肢は大きく広がります。情報や価格だけに流されず、本当に必要なものを見極めてほしい。地域の材料や職人の手仕事などにも目を向けていただき、広い視野で家づくりを考えるとより楽しくなります。

藤松:建設費が高騰しているこの時代に、それでも「家づくり」に踏み出そうとしている方に向けて、最後にひとことお願いします。

池森:建築はポジティブです。新たに建築を生み出すことは、暮らしを豊かにするだけでなく、地域の産業を支え、風景をつくり、社会に前向きな力を与えます。そういった広がりも感じながら家づくりを進めると、より深く豊かな住まいづくりになると思います。今は建設費が高騰し、家を持つことが簡単ではない時代です。それでも、焦らず、自分たちらしい選択を積み重ねて、理想の暮らしに少しずつ近づいていってほしいと思います。

 

【池森さんが手がけた住宅】

 

>>次回の話し手は『藤松建築設計室 藤松 幹雄さん 』

>>第8回【建築士と考えるナガノの家】久米 えみさん ✕ 池森 梢さん

 

萌建築設計工房

●住所
長野市平柴660-1
●TEL
026-214-3088
●URL
https://www.moe-a.com/

 

 

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