設計だけでなく家づくりの基本から相談できるのが建築士。「設計事務所はハードルが高い…」と感じている方に贈る、リレー形式の対談企画です。
第8回目の今回は、前回聞き手役をお願いした設計工房CRESSの久米えみさんを話し手役にお呼びし、聞き手役を、萌建築設計工房の池森 梢さんにお願いしました。
WEBでは本誌に掲載できなかったトーク部分も含めたノーカット編集版をお届けします。

久米 えみさん |設計工房CRESS 代表
東京都調布市生まれ。5歳で長野県佐久市へ移住。大学卒業後は宮本忠長建築設計事務所に入社。北沢建築研究所を経て1997年に設計工房CRESSを設立。2024年に長野市景観賞を受賞。

池森 梢さん |萌建築設計工房
長野県須坂市生まれ。大学卒業後に宮本忠長建築設計事務所に入社。1999年に萌建築設計工房を設立。住宅設計を主としながら、重要伝統的建造物群保存地区の特定物件の修理工事なども手がける。
Q1.久米さんの仕事のスタイルは?
池森: 久米さん、もう独立されて何年ぐらいになりますか?
久米: 先日、改めて計算したらもう28年になります。
池森: すごいですね(笑)。独立された頃から現在まで、仕事の仕方や考え方も変わってきたと思います。今の久米さんの仕事のスタイルはどんな感じですか?
久米: はい。コロナ禍の少し前、長野のまちづくり会社から「空き家を活用して地域を元気にする取り組みを一緒にできないか」と声をかけていただきました。その経験から空き家リノベーションに関わるようになったのですが、最初は手探りでした。空き家ってひどい状態のものが多いですからね。
池森:今、ここで打ち合わせさせていただいている空間もその取り組みの一貫なのですよね?
久米:そうです。ここも、昔は居酒屋さんだった建物をリノベーションしたものです。空き家再生を進めていく中で、建築士は建物という“ハード”から入る仕事ですが、実はその前に“ソフト”が必要だと痛感しました。「この場所でこんな事業や活動をしたい」という人が現れないと、設計も工事も始まらない。だからまずは、やりたい人を集めたり、企画やコンサル的な動きも求められる。ここが以前とは違う、今の私のスタイルだと思います。
池森:なるほど。まちづくりをきっかけにスタイルが変わったのですね。設計の仕事にも影響はありましたか?
久米: そうですね。家づくりは「家族」、まちづくりは「地域の人」と、人の規模は違えど本質は同じだと感じました。街の空き家を活性化させるには、地域全体の構成を考えて計画しないと、何を置いたら街が元気になるのか見えません。
池森:住宅と街の規模は違っても、やることは同じですね。では、街の活性化で特に気をつけるべきポイントは何だと思いますか?
久米:まちづくりで最も大事なのは、地域の方を巻き込み、新しい活動や住民を受け入れてもらうこと。「応援してるよ」「手伝えることがあったら言ってね」という関係があって、巻き込んでいかないと事業は成功しません。これは家づくりも同じで、建築士が施主が一心同体にならないとうまくいきません。家づくりはご家族に、まちづくりは地域に寄り添うことが大切です。
池森:押し付けるのではなく、交流しながら時間をかけて街の「答え」を一緒に見つける、という感じですね。
久米:そうです。その都度流動的に進めます。たとえば「こういうファサードにしたい」という思いがあっても、受け入れてもらえる下地や理由がないと、押し付けになってしまう。
池森:つまり、デザインを押し付けるのではなく、住まい手や地域に寄り添いながら、ハードを組み立てていく、というスタイルなんですね。
久米:そうですね。ただ、やっぱり自分の中の「好きな形」やスタイルはあるんです。それを気に入ってくださるお客様と出会えると、お互いにズレがなく、良い作品が生まれると思います。

Q2.久米さんにとって「理想の住まい」とは?
池森: 久米さんにとって理想の住まいとは?
久米:実は、私は自分の家を新築したことはありません。リフォームはしていますが。ただ、多くのお宅を設計して思うのは、住む人全員の「体」と「心」が整う家が理想です。落ち着けて、寄り添える家ですね。
久米:昔から奥さまやお子さまの「朝起きてから寝るまで」の行動パターンを細かくヒアリングします。平日・休日の動線から、敷地の方位、周囲の環境、ご近所付き合いまで、あらゆる情報を計画に反映させます。そうして経験を重ねるうちに、敷地に立つと「きっとこういう家だな」という立体的なイメージがパッと浮かぶようになりました。
池森:敷地を読むことも重要ということですね。
久米: はい。とにかく敷地に何度も足を運び、パノラマ写真を撮り、雨の日も晴れの日も確認します。その環境が体に入って初めて、ハードの収め方が見えてきます。
池森: 久米さんには経験上「こうだ」という形がみえる。その専門的な視点と、施主の理想が食い違う場合は、どのように折り合いをつけていらっしゃいますか?
久米:まず、私が先に内容を固める前に施主の要望を全て吐き出していただきます。ズレたまま進むと取り返しがつかないので。その上で、最初のプレゼンはできる限り作り込みます。パースも描き、見どころを説明しながら納得していただく。ありがたいことに、最初の提案でほぼ決まることが多いです。
池森:最初のヒアリングからかなり時間がかかりそうですね。ヒアリングからはじめてのプレゼンまでの時間はどれくらいですか?
久米: 大体1か月半〜2か月です。設計事務所に依頼する方は急がない方が多いので、最初にしっかり時間をかけます。ただ間延びしないように、その期間には必要なヒアリングや、今住んでいる家の状況を見せていただいたりします。
池森: ライフプランや資金の話は最初から行いますか?
久米: 家づくりはまず楽しむことが大切です。現実的な話は後にします。ただ、予算は最初に伺っているので、その範囲で可能な規模は確認しています。プレゼン後に要望が予算を超える場合は、資金計画の段階でライフサイクルコストも含めてお伝えします。
池森: ということは、施主さんの一生の資金計画も?
久米:はい、次の段階で必ず行います。お金が合わなければ、それまでのプロセスが全部無駄になりますから。

Q3.現代の若者が家を持つには?
池森: 今は建設費が高騰し、家づくりが難しい局面に入っています。若い方たちが家を持つために、何かヒントはありますか?
久米:親御さまの土地が使える場合は現実的ですが、土地購入からだとハードルが上がります。最近は、中古住宅を買ってリノベーションする方法をおすすめしています。暮らしや
い立地の中古住宅を活用するのは良い選択ですし、建築士が入れば、より住みやすい家にできます。
池森: 新築にはないリノベの魅力とは?
久米: 状態が良ければコストが抑えられますし、古い建物には独特の魅力があります。昭和レトロや古民家風の質感は、新建材では再現できません。外観はそのままに、内部を最新性能にアップデートすることも可能です。レトロな建物が好きな方には、豊かで快適な暮らしができる家になると思います。
池森:なるほど。プロの目で価値を発見し、新しい要素をミックスしてアップデートする。新築より安く、自分の気に入った土地と外観が手に入る。若い人にとって“宝”になるわけですね。
久米: そうですね。大正や昭和のレトロ感は、今の新建材では再現しにくいですから。そこに魅力を感じる人には、とても良い選択だと思います。
Q4.終の棲家について
池森: 先程は若い方のお話しを伺いましたが、私たちも含め、年齢を重ねていく中で、終の棲家をどう考えるかとても興味があります。久米さんの経験から理想の終の棲家について「こんなこともあるよ」といったことを教えてください。
久米: 終の棲家は人生の集大成になると思っています。子育て期や仕事盛りの20代から40代とは家に求める機能も変わってきます。自分の趣味や大切なものを大事に育む場所として充実した形で過ごせるように作り込むことが大切です。
池森:久米さんは、特にご自分で持ち家がある年配の方のリフォームを多く手がけていますよね。
久米:そうですね。ほとんどが既存の家をリフォーム・リノベーションするケースです。私の場合、よく減築もご提案します。子どもが巣立った夫婦二人暮らしや、親との同居といったケースでは、広すぎると光熱費やメンテナンス費がかかりますから。「二階を撤去して庭を広く見せる」「傷んでいる箇所を思い切って解体する」といった提案もします。 終の棲家は家にいる時間が長くなりますので、風の匂い、光の入り方など自然環境と共生できることが重要です。そのため、リノベーションやリフォームの際には開口部の位置や大きさを見直す工夫をします。
池森:最近は省エネの観点から窓が小さくなったり、開口部が少なくなる家も増えていますが、その点はどうお考えですか。
久米: 私自身の経験ですが、父が建築設計をしていた家で、二階のトイレから浅間山が美しく見える大きな窓がありました。「なぜトイレから?」と聞くと、「人間が一番無になる時間だから」と(笑)。私もそこで育ち、大学で一人暮らしを始めた時、ホームシックになった際に会いたかったのは両親ではなく浅間山でした。その経験から、家に環境を取り込むことの大切さを痛感しました。せっかく家を建てるなら、外の環境を閉ざすのはもったいない。終の棲家では特に、周囲の環境を生活に取り込むことが重要だと思います。具体的には、パノラマでロケーションを確認したり、隣家が近ければ高窓で空を見るなど、周囲の環境を取り入れる工夫をします。
久米:もう一つ大切なのは、家の中に自然素材をできるだけ使うことです。以前、マンションリフォームを依頼されたご夫妻がいました。奥様はアトピーやアレルギーがあり、無垢の床や壁を多く使うことを提案しました。自然素材は体と共に呼吸するメリットが大きいからです。 ご主人は無垢材の伸縮を懸念されましたが、「生きている素材だから」と説明し、カラマツの無垢材で施工しました。結果、住み始めて最初の年で奥様のアレルギーが改善したんです。
池森: それは良かったですね
久米:ええ。ただ、「久米さん、ホコリが詰まるんだよ」とも言われました(笑)。でも、それも「共に暮らす」上で大事なことです。そのご夫妻は以前、奥様がご主人の話に横やりを入れるなどピリピリした家庭でしたが、リフォーム後は穏やかで温かい雰囲気になったそうです。無垢材の影響で空気が変わったのかもしれません。
池森: 面白いですね。住まいが変わることで、ご夫婦の関係性や心のあり方まで変わる可能性がある。終の棲家の環境の大切さがわかります。
久米:終の棲家では、人生の集大成として、周囲の環境とどう密着して暮らすか、そして自然素材をできるだけ取り入れることが非常に重要だと思います。
Q5.設計事務所と行う家づくりのメリットは?
池森: 久米さんは独立されて28年に渡り設計されてきましたが、建築設計事務所で家を建てることについてはどう思いますか?
久米: 私はこの仕事が好きで設計事務所を立ち上げ、長く続けてきました。ぜひ多くの人に設計事務所を通して家づくりをしてほしい。時間がかかるので子育て世代には難しいかもしれませんが、終の棲家の改修では、私たち設計のプロをパートナーに選んでほしいです。
池森: 終の棲家の改修時にですか。
久米: はい。終の棲家では時間に余裕があり、私たちが長年培った情報・技術・経験を最大限提供できます。設計事務所との家づくりは時間がかかりますが、その分楽しさも大きい。「一緒にものを作る」プロセスに向き合えるお客様なら、やりがいを感じ、自分の人生を見直すきっかけにもなると思います。
池森: 建設会社ではなく設計事務所に依頼する最大のメリットは、「人を選べる」という点ですね。
久米: その通りです。顔の見えない設計士に頼むのではなく、信頼できる人を選ぶことができます。
池森: 久米さんが日頃大切にしていることは?
久米: 私は人が好きです。お客様との相性もできるだけ幅広く合わせるよう、多様性を持って対応します。また、二度目、三度目に会う際、奥様や女性の方には意図的にスキンシップを取り、「頑張ろう」と体に触れて安心してもらいます。距離感やサイズ感を測りながらですが、人と向き合う大事な方法です。
以前、設計させていただいた施主から数年後に「久米さん、この家がやっと自分にフィットした」と連絡をいただきました。家の中の動きが体のリズムに合ったとのことです。こうして施主との信頼関係が築かれることで、最終的に家は住む人にとって自然で快適な空間になります。人懐っこく、打たれ強く、人の懐に飛び込むことも、良い建築につながる大切な要素だと思っています。
池森: お施主さんと設計士の良い出会いが、良い建築につながるのですね。
【 久米さんが手がけた住宅】



>>次回の話し手は『萌建築設計工房 池森 梢さん 』
>>第7回【建築士と考えるナガノの家】宮坂 佐知子さん ✕ 久米 えみさん
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